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2015年9月

2015年9月21日 (月)

からまったものをほどくという快楽


今朝届いた小包は、製品外装の段ボール箱を食品用ラップのようなフィルムでぐるぐる巻きにしたものだった。

(ほお、いまどきは、こんな梱包方法を採るのか)と思いながら、はがしにかかったその時。 
フィルムの〈端っこ〉を見つけてしまったから、さあたいへん。 
 
こんなものは、むしり取って丸めて捨ててしまえばいいと解かっているのだが、もう止まらない。 
 
要するに、絡まった糸をほぐし始めると止まらなくなる〈あれ〉の、アドバンストステージみたいなもの。 
 
ちょいちょい縦横に進行を妨害してくる透明粘着テープを丁寧にはがしながら巻き取っては、最初にはがさなかった発想伝票や、こわれもの注意シールなどを除去しつつ、ラップをほどいていく。 
(あ~朝から飯も喰わずなにやってんだろ...)と思いつつ、このひとかけらの生産性のない行為を続けること数十分。  
6片のフィルムと5片のテープに還元し終えて、嗚呼、カタルシスウェーブ。 
最長のフィルムは約3.5メートル長であった。
 
 
作業しながら、この快楽は「解く」ことに対するものなのか、「復元する」ことに対するものなのか、とか、自問自答していたのだけど、なかなか見極めがつかない。 
脳のどこかが喜んでいることは、確かだと思うのだけれど。
 
この種の快楽って、固有の名前ついているのかしら? 
・・・きっとあるんだろうな。
 

2015年9月12日 (土)

“「キ印」の「キ」は、「キボウ」の「キ」?” サイバーニュウニュウ『秘密のバス』の「読み応え満載のライナーノーツ」を読んで泣きそうになった。(極個人的な想い)

 
四半世紀前のアンチノック(だったかな?)以来の新宿で、サイバーニュウニュウに熱狂。
 
「スイカ割り」ではしゃいだ帰り路、黄色い電車に座って『秘密のバス』の「読み応え満載のライナーノーツ」を読んでたら、泣きそうになった。 
Photo

・・・・・・・・・・・・・・・
 
帰宅し、食事を終えて、自室にこもる。
PCにディスクを挿し、HDにデータを取り込む。
ヘッドフォンで、まずは来場者特典ディスクを聴きながら、曲名入力したり、ジャケット写真貼りつけたり。
 
そして、メイン・ディッシュの『秘密のバス』。
 
ちょっともこもこした音質に、切なさが充満している。
 
実は、実に、歌詞カードを読みたくなる唄だ。
 
そして、歌詞を読むと、さらに切なさが募る。
 
パンキッシュさや、キッチュさや、ナンセンスさや、そういう表現を選ぶことへの「信頼感」は、当時からあったのだけれど、そのセンチメンタルさに、こんなにもシンパシィを感じるとは、正直思わなかった。
 
 
ああ、この人たちは、20世紀の終わりの同じ時代に、同じような空気を吸って、生きていたのだなぁ、と、この21世紀に想う。
 
 
そして、今後発表されるであろう新作への期待が、にわかに高まる。
 
僕は、彼らの、「信頼できなさ加減」を圧倒的に信頼している。
 
彼らがいま、どんな音に、どんな言葉を潜ませて、僕らをケムにまいてくれるか、それが愉しみだ。

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